08.自然的な河川の姿に範をとった河川空間デザイン手法の開発と実践

 美しく、地域の人々に愛される河川空間は、名所ばかりではない。そこかしこにあった筈である。そんな河川をつくりたい。これが会社設立以来、追求し続けてきたテーマのひとつである。流れによってつくられる河川の微地形、厳しい環境をすみ分ける植生等、我々は自然の川の姿を見ることで、多くを学んできた。我々のデザインは河川を軸にその裾野を広げてきたといってよい。
>>伊藤 登


 河川微地形と植生の研究を足掛かりとして


 河川の水辺は、急流は急流ならではの、河口部は河口部ならではの表情や環境(普遍性)を有し、また それぞれの河川に固有の歴史・文化的な特性(個別性)を有している。ごく単純にいうならば、前者には本来の水辺の姿・形に依拠した計画設計の考え方が、後者には地域や都市のコンテクストに依拠した計画設計の考え方が求められよう。
我々が考える普遍性ある河川景観とは、自然の河川そのままの景観(そのままの自然は決して利用しやすいものではない)ではなく、利用上の快適性を有すると同時に、河川だからこそ持ち得る多様な魅力に富む景観である。我々は、そのような河川景観を具現化するために、自然の河川の風景を構成する主たる要素である地形・植生の詳細な観察から河川景観を特徴づける形やその組み合わせを選びだし、それらを洗練・モデル化したものを場所に応じて形を整えながら配置するというデザイン手法、すなわち、我が国の多くの河川で適用可能な河川景観の普遍性に依拠するデザイン手法の研究に注力してきた。
 この研究の契機は、私が社会人1年生の駆け出しの頃、篠原修東京大学名誉教授(当時建設省土木研究所)に河川の微地形や植生に関する研究の機会を頂いたことによる。それ以来、全国の河川を訪ねて廻るようになった。流水がつくりあげるさまざまな微地形や流れの作用を受けながらも生きる植物を見て、微地形と植生との関係、微地形の類型化を試み、その河川景観設計への適用手法を構築した。1)また、微妙な地形の高低や水際線からの視覚的距離が水辺の利用者の行動を大きく左右している事実をもとに、水辺の活動空間を形づくるパーツ群を収集した。2)さらに、その川固有の水防林や水制等を見ては感激し、川は先人たちの知恵の宝庫であることを実感した。今、各地で実践されている伝統工法のことである。


 自然的な河川景観モデルの構築


 この一連の研究成果では、河川空間デザインのパーツ群を集め、その適用方法を示したが、パーツ群の組み合せを決定するための河川景観の全体像が必要であった。これまで、河川の全体景を類型化したものには、河景様式分類があった。これは上流から下流に至る河道の特徴と沿川の特徴を組み合せて、そのイメージを様式化したものであるが、実体としての河川の全体像を構成する地形や植生を示したものではなかった。
 「木曽三川下流部河川景観検討業務(平成4~7年度)」は、我々に河川景観モデルを構築するまたとない機会を与えてくれた。この業務により、我々は詳細な河川空間の観察を通して、全体景として同一の基調を有しているかという大まかな観点から、河川景観の類型化を行い、類型毎に地形の平面的特徴と横断的な特徴、植生立地の特徴を明らかにし得たのである。そして、これによって、河川の全体景を定め、さまざまな微地形や植生を組み合せて、利用上の快適性を有すると同時に、河川だからこそ持ち得る多様な魅力に富む景観を有する河川空間を形成するための手法を構築することができたのである。
 自然の形の詳細な観察とその洗練によって、美しい表情を有する河川景観をつくりだすというこのアプローチが、わが国伝統の日本庭園のデザインの方法論的な特徴と同様であることは、決して偶然ではない。自然に学んだ当然の結果なのである。


 自然的な河川空間づくりの実践


 最初の研究に着手して約10年の年月が経った平成6年、阿武隈川水系荒川緩傾斜堤の設計がその適用第一号となった。
 整備されていた桜づつみの堤防の緩傾斜化による河川内外の空間の一体化が大きなテーマであった。丁張を使用せずに施工した2割から9割まで漸次的に変化する堤防は、従来の堤防とは異なる柔らかな表情で人々を惹きつけた。また、高水敷の縦断勾配を急流河川荒川の河床勾配と変えることで生まれる段差やアンジュレーションは、空間を微妙に区分して居心地の良さを確保する上で効果的であった。結果、かつて荒地の水辺は市民の芋煮会のメッカとして生まれ変わったのである。しかし、水際をデザインできなかったことはいまだに心残りである。
 その荒川が合流する阿武隈川、福島市の中心部に近い渡利地区の水辺をデザインすることになったのは、平成7年度から平成11年度にかけてのことである。この水辺デザインは、水際から堤防までの総合的な空間設計であり、きわめて刺激的な仕事であった。3)
河川景観モデルに河原景観タイプを適用し、概略的に高さの異なる3つの盤高を定め、それらを先の研究で得たさまざまなデザインパーツで構成、接続していくというデザインアプローチをとった。結果、この方法は日本庭園の布石にみられるように、あらかじめすべてを決定するのではなく、条件がそろったところで決めていくスタイルとなり、施工時にその大部分を決定する仕事となった。それゆえに、水際のヤナギは存在感を増し、広い河川敷空間は微妙な地形のアンジュレーションと樹木配置によって、視覚的に区分されて身体感覚的に優れた水辺空間となった。平成10年の出水被害を受けた後もヤナギは残り、「阿武隈川平成の大改修」による部分的な補修を済ませて現在に至っている。
 水辺の楽校ということで語られることが多い渡利の水辺であるが、中小洪水に対応する河積の拡大、利用しやすい空間の形成、ヨシ等の水辺植生の保全という3つの設計条件があったことはあまり知られていない。忘れることがないように、ここに改めて記しておきたい。


 総合的な河川空間デザインへ


 その後、広瀬川水辺の楽校(平成8~9年度)、子吉川癒しの川づくり(平成10年度)へと実践の場は広がりつつある。場所や名称が異なっても我々の目指す川づくりは、河川本来の多様な魅力が感じられる河川景観・空間づくりであることに変わりは無い。このあたりまえのことが、人々の癒しにも通じるからである。
 また、一方では、渡利地区対岸の歴史的な御倉地区の護岸整備(平成10~11年度)、さらには沿川の旧日銀支店長宅を核とする公園整備(平成11年度~)など、市をも巻き込んだ川から陸へのまちづくりへと進展を見せている。津和野川の河川空間整備(平成3~10年度)と合わせて、地域や都市のコンテクストに依拠した計画設計においても、地域と風景と人とを大切にする当社の哲学が結実したのである。

1)篠原、伊藤他:河川微地形の形態的特徴とその河川景観設計への適用、
土木計画学研究発表会論文集、1986
2)伊藤、長谷川他:河川風景主義からみた河川活動空間と景観設計手法、
土木計画学研究発表会論文集、1987
3)都市に水辺をつくる、共著、技術書院、1999




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荒川緩傾斜堤(福島県福島市)



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阿武隈川渡利地区(福島県福島市)



08 May, 2012 | take_A



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