より創造的な歴史まちづくりを目指して

棚橋 知子


 歴史的な町並みは、面白い。ひとつひとつの意匠や街割に、合理的な理由や当時の住民の心意気がこめられていて、見れば見るほどに風景の中から当時の暮らしぶりが浮かび上がってくる。しかし歴史的なまちをいろいろと歩き回ってみると、違和感を持つ場面にも遭遇する。どれもこれも茶色の看板、プリントされたなまこ壁柄、乱用される筆文字フォント、なぜか行きかう人力車……。なんとなくの和風・昔風ではあるが、本質的な意味でまちにふさわしいのかは疑問に思うデザインや振舞いも散見される。貴重な歴史資源があって地域の意欲もあるのに、なにかかみ合っていないようなチグハグ感。そんな問題意識が出発点となり、学生時代の卒業論文から現在に至るまで、歴史まちづくりのあれこれに関わらせてもらっている。


 史実の向こうにある “まちの本質” を拠り所として



 入社以降、桑折や甘楽、郡上八幡において実践的な歴史まちづくりの業務に携わる機会に恵まれた。水路や蔵など歴史資源の掘り起こし調査、散策マップや案内板の作成、地域の方々を交えたワークショップの開催など、業務の内容は様々で、歴史まちづくりの守備範囲の広さには改めて驚いた。
 歴史まちづくり法が制定されたことにより、歴史まちづくりの取り組みの自由度は格段に上がった。文化財保護的な修理だけでなくソフト事業に至るまで多様な取り組みが国の補助対象となり、文化財未満の町並みや小規模な自治体にも、相応の熱意さえあれば広く門戸が開かれるようになった。これはチャンスであると同時に、一種の危うさも併せ持っている。事業期間約10年という短期間に多額の費用を投じ、怒涛の勢いで事業整備が進む中、取り組み方によっては奇妙な和風・昔風が量産されかねない。まちの品位を落とさずに取り組みを進めるためには、ブレない判断力が必要である。
 歴史的建造物の修理・復元では、史実や現況の形が大きな拠り所となった。しかし取り組みが多岐に亘れば、史実では解決できない判断に迫られることも多い。案内板を何色にしたらいいか? 町家をどのように活用したらいいか? いくら史料をたどっても答えは得られない。そういった時、判断の拠り所として本当に必要なのは、地域の人々が思い描き共有する「こんなまちにしたい」「ここを守りたい」というまちの理想像ではないかと思う。求められているのは「町並み保存」ではなく「歴史まちづくり」である。史実に照らし合わせて“正しい/正しくない”を判断するのではなく、まちの理想像に照らし合わせて“ふさわしい/ふさわしくない”を判断する目が必要だ。


 歴史的なまちを守り・創造する


 理想像を共有するなど、まちづくりとしては当然のことかもしれないが、幸か不幸か歴史まちづくりでは「過去の姿」が大きな拠り所のひとつとなってしまうため、まちの「今」や「この先」を見据える意識が薄くなりがちである。歴史を意識するあまり、新しいものや現代的なものに後ろめたさを感じているように見えることもある。「歴史を守ること」は必ずしも「今の生活を犠牲にすること」ではない。今の価値観を再考する発想の転換や、資源を活用するための新しいアイディアは必要かもしれないが、それは我慢ではなく、もっと楽しく創造的で、ポジティブなものであるべきだ。
 そんなアドバイスや提案ができる“歴史まちづくりの頼れるパートナー”を目指して、見聞を広め、見る目を養い、地域とともに考え、模索しながら、経験を積んでいきたい。



06 Sep, 2016 | take_A



Share

« Prev item - Next Item »
---------------------------------------------

Comments


No comments yet. You can be the first!



Leave comment

このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。