02.3つの対話と思考法

 3つの対話と思考法は<我々がものを考える>上での取組み方の姿勢であるとともに、数々のアイディア・構想・計画・設計を生み出した源でもある。3つの対話とは『過去との対話』『未来との対話』そして『現在との対話』、3つの思考法とは『歴史に学ぶ』『他事例に学ぶ』『原理原則を考える』ことである。
>>大下 茂


 過去・未来・現在との3つの対話はなぜ必要なのか


 まちづくりに携わる者にとって対話することは基本である。ここで言う対話の相手は、いま地域に住まう人々だけではない。現在ここにある地域は、過去から蓄積された文化や歴史、地域での住まい方に対する智恵やルールを積み重ねたものであり、未来の地域もまた現在を含めた過去からの地域の履歴の延長上に成立つ。とすると、対話の対象は、過去、未来、そして現在となる。現在の対話だけに執着すると、地域のいまの問題点や課題を率直に語りかけてくれる場合もあるが、得てして自分勝手な不平や愚痴の機会となる場合も多々見られる。
 地域の将来を考えるにあたって、我々がとるべき姿勢は、現在の地域の人々の生の声を聴くことはもちろんであるが、現在の対話だけに力を使い果たすことのないよう、むしろ過去との対話、未来との対話に心掛け、バランスよく地域の潜在的な活性化の能力を見い出すことにある。


 〔過去との対話とは『地域の履歴に耳を傾けること』〕


 地域に住まわれた先人たちが今に伝える多くの智恵は過去との対話から得られる。先のテーマ1に示したように、地域に住まう人たちの長年の知恵の蓄積が《地域の個性》に表れている。

 〔未来との対話とは『“夢”と“誇り”を語り合い共有すること』〕


 先人たちから受け継いだように、自分たちの子供や孫の時代すなわち〔未来〕に良好な地域の姿を継承することが今に生きる私たちの責任である。といっても維持・継承するだけでなく、そこに、今に生きる私たちや子供たちの“夢”を盛り込み、それらを現実のものとするよう努力したい。
 未来との対話-すなわち未来に思いを馳せる時、様々な希望や夢を私たちに与えてくれる。埼玉県大里村(平成5年度)や千葉県長生村(平成9年度)のまちづくり構想を策定する際には、『未来の地域』についての作文や絵画を子供たちから募った。一つ一つの作品の中は、現実の生活の中で何時しか埋もれていた素朴ながらも心温まる地域の将来の姿が描かれているとともに、子供たちが何を誇りに思い大切にしたいのかが浮き彫りにされた。まちづくり構想の計画目標年度は、この子供たちが家庭をもち地域の担い手として活躍する時期でもある。この子供たちの夢をぜひ実現したいと願う気持ちは個人の事情を超えて地域の心を一つに束ねることにもつながるものであった。
 まちづくりに取組もうとする《やる気》は、この“夢”と“誇り”の両方が伴って生まれるものである。地域の未来の姿は幾通りもの絵柄として描けるが、その中に地域に住まう人々が共有できる“夢”と“誇り”とが盛り込まれている必要があるし、そのために『未来との対話』という“夢”と“誇り”を語り合える機会を数多くもつことが最も効果的かつ現実的な方法であると思っている。


〔現在との対話とは『生活者の目からのまちづくりを考えること』〕


 いま、地域づくりを考える上で大きな転換点にある。それは、新たな産業が就業機会と所得をもたらし地域を成長させるといった、これまでの「生産主体」の考え方ではなく、新たな生活のスタイルが人々を惹きつける魅力ある情報として発信され、それが地域内の新たな力となって新しい産業を創出あるいは他地域から人を呼込むことにより、さらに人々の往来を活発化させ、地域を成長に導くといった『生活者の視点』に立った地域づくりが必要となってきたことを意味している。
 ある意味でモノづくりの時代は終わり、これからは“生活者の視点”からこれまでに地域にストックしてきた施設や資源を見直して再構成する『モノづかいの時代―つくらないまちづくり』の到来を予見させるものとも言えよう。その際に大切なことは、生活者―すなわち地域の使い手の生の声に耳を傾ける姿勢である。そのため千葉県印旛村のまちづくり(平成10~11年度)ではアンケート調査よりも、地域の人々との直接対話を重んじた“まちづくりサロン”を開催したし、掛川市の緑の精神回廊づくり(平成10~現在継続中)では住民の方々とともに行動計画について語り合う機会を持った。このような機会をつくることは自分勝手な不平や愚痴の場となる場合も懸念されるが、『苦情はニーズの宝庫である』と見方を考えることも大切である。苦情の裏にはニーズが見え隠れしているものであるし、何よりも自分たちの住まう地域に対する熱い想いがあればこそ、苦情も生まれるものと理解したい。


 ものごとに迷った時の3つの思考


 我々が業務に携わり、ものを考える際に、過去・現在・未来との対話から様々な知恵を授けられてきたとはいうものの、“生みの苦しみ”―ものごとに迷う場面にも多々直面してきた。そのような時、次の3つの観点から思考することにより数々のヒントと筋道を見出してきた。
 まず第一は『歴史に学ぶこと』である。ドイツの宰相ビスマルクの『愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ』からもわかるように、先人たちが取組んできた様々な取組みの中には多くの智恵が残っており、自らが体験したことだけに頼らず、歴史感やその時代背景での取組みを理解することによって、現在あるいは将来のものごとに対する行動、思考のヒントや規範が得られるものである。先の<過去との対話>は『歴史に学ぶ』ことでもある。
 第二の観点は『他地域に学ぶ』ことである。国内外の様々な取組みに範をとることもまた重要であり効果的な側面もあるとともに、思考や提案が必ずしも突拍子もないものであることの証しを示すことにもなる。しかし他事例をそのまま紹介して終わらせるというような安直なことは避け、あくまでその地域や対象地区の個性に適用するよう、他事例を翻訳することに心掛けている。すなわち、単に[transfer]するのではなく、[translate]することによってオリジナル性を高めるものとなり、ある意味では範をとった事例を越える新たなものとして生まれるものと考えている。
 また我々が携わる様々な業務領域の諸問題は人との関わりを抜きにしては捉えられない。その中でも最も基本的であり大切なことは、個々人の志向や行動、さらには美意識等を規定する源、すなわち原理・原則であろう。また、構造物を対象とする場合は目には見えない力の原理・原則があり、自然が対象であれば自然と人との関係性にもまた、ある種の原理・原則があるはずである。いずれにしても「そもそも」「なぜ」といった疑問を絶えずもつことにより、『原理・原則を考えること』に近づこうと試みている。
 この3つの思考法の観点は、『時系列的(歴史)』『横断的(他事例)』『論理的(原理・原則)』なアプローチであると見てよい。このことは我々が携わっている分野のみならず、社会を律する様々な局面で汎用性のある『ものごとの見方』でもあろう。ものごとに迷った時のみならず、この3つの観点からバランスよくものごとを考えることを、これまで以上に意識的に実践してゆきたい。



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地域の人々と歩き語り合った緑の精神回廊づくり


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子供達が描く将来の大里村




08 May, 2012 | take_A



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